ご挨拶

東日本大震災から8年
3.11によせて~これまでとこれから~

 未曾有と言われたあの大災害からあっという間に8年が経ちました。
幼い時に震災を経験した子どもたちはみな小学校や中学校へ進学し、震災後に産まれた子どもたちもみな小学校に上がるだけの時間が経ちました。皆様にとっての8年間はいかがでしたでしょうか?

 私の最近の感想は、復旧・復興を目指した日本という国が、これから一体何を目指して国を豊にするのか、どんな社会の樹立を理想としているのかが全く見えないということであります。
多くの人にとって、震災直後からの2、3年は混乱とその混乱からの脱却に全てを捧げる日々であったと思います。
ある程度生活の見通しがつき、新たな生活(new normal)が確立してその環境の中で安定した日々を過ごし始めた人も多かったでしょう。
そして5年も経過すると、震災の影響や記憶も薄れ始め、子どもは進級や進学を繰り返す日々の中で、今の生活はあたかも昔からずっと続いていたかのように思うのかもしれません。

 しかし、全ての人々がこのように順調に来ていたわけではありません。いまだ県内外へ避難を続けている人が約4万人おり、様々な事由から二度と福島や地元に戻らないと決めている人も多いと言われています。
あれだけの多様な影響を受けた被災地の人々にとって、これからの日本の行く末は大きく自分たちの将来を左右するかもしれません。

 私は医学部の学生時代に数年間の小児科学を先輩や教科書から学び、また国家試験を合格してから震災まで13年間、臨床の現場で小児医療を経験してきました。
しかし、その知識や経験は、この震災後の子どもを守り育むための活動や仕事にはほとんど役に立ちませんでした。
それまで勉強してきたことのほとんどは、“小児の疾患を治す”ことを主眼に置いた医学教育であり、多くの小児科医が活動する場は疾患の治療に関係したところであるということを実感しました。

 我が国の乳幼児死亡率が世界的にも低いレベルになったのはわずか20年前であり、病気を治す医療が主な目的であったのは致し方ないことであります。
しかし、これまでとは異なった小児を取り巻く健康課題、例えば肥満や生活習慣病、運動不足、心の問題、虐待、貧困などが話題となるようになった現代では、小児医療の目指す方向、扱う分野も大きく様変わりしなくてはならないのではないかと思います。
そして東日本大震災が発生し、多くの課題が浮かび上がりました。しかし実際にはそれらの課題はおそらくかつてから存在していた問題や、あまり注目されなかったことだったのかもしれません。
震災後の福島では、今の日本全国の子どもが置かれている不安定な状況や問題点を顕著に見せてくれたのだと思います。

 復興とは、元通りになるだけでなく、新な社会、新な仕組みを創り上げることだと思います。
特に、子どもの生きる環境(成育環境)の再構築が喫緊の課題と考えています。
地域の人たちが子どもに寄り添い、そして次世代の社会を支える子どもの健やかな心と身体を育まなくてはなりません。
子どもの安全な居場所と、健康な心と身体を育む社会、つまり子どもが活き活きと遊び学べる環境、心が安定していられる家庭、明るい未来を想像できる地域の活力を、いかに創り出すことができるのか、私たちは子どもから大きな課題を出されているのだと思います。

 また一つの教訓として、私たちには科学というものを素直な心で理解するという姿勢と、常に客観的な立場で物事を判断する力が必要であるということがあげられます。
氾濫する雑多な情報の中から適正な情報を選別して入手し、情報の裏に隠れた背景や意味を読み取る力が必要であり、情報リテラシーの力量を試されました。
不安という感情を、知性がどうコントロールすることができるのか。その能力を唯一高める方法は、幼少期からの教育にあるのではないかと考えます。

 極度な少子化に瀕した日本では、働く人口を増やして経済を活性化することが主眼となり、待機児童の解消と保育料無料化が喫緊の課題のような議論がなされていますが、本当に必要な事は、いかに子どもが安心していられる居場所を社会が創り、健やかな心と身体を育みながら、子どもが自ら考え判断できる能力を持てるような教育をしっかりと行うことではないかと思います。
震災が教えてくれた様々な課題と教訓を私たちはしっかりと受け止め、新しい日本の社会を創造する糧にしなくてはなりません。

 私は平成22年4月に医療法人仁寿会 菊池医院に着任し、わずか11ヶ月後に震災を経験しました。縁あって「郡山市震災後子どものケアプロジェクト」を立上げ、様々な事業を展開してきました。
本職の小児科診療だけではなく、「PEP Kids Koriyama」を初めとした子どもの成育環境創りにも携わるようになりました。
そして、この福島をいかに子どもにとって、子育てする人にとって良い地域にするかを真剣に考えていくうち、震災という非常につらい出来事を経験したからこそ、『福島の子どもたちを日本一元気に』することが大切だと思うようになりました。
そして、次のような具体的な活動を実践するに至りました。

①子どもたちを元気にする(子育ち支援) ☞ 子どもを直接元気にし、子どもの居場所を整備すること
②保護者を元気にする(子育て支援) ☞ 病児保育や育児支援、子育てに関する相談
③関わる人を元気にする(地域の子育力Up) ☞ 教育・保育関係者を応援する

 つまり、①は診療所における日常の小児科診療(主に病気を抱えた子どもたちを見守る、子どもたちが病気にならないように予防する)、地域の子どもたちの肥満や体力・運動能力の実態を把握する(地域の子どもたちの健康を見守る)、そして、子どもたちに理想的な遊び環境を提供することです。

②は平成9年から院内に設置している病児病後児保育室らびっとの運営や、子育て相談室、寺子屋を通した活動です。

③は地域の様々な子どもに関わる職種の方々と連携し、地域全体の子育て力(保育、健康増進など)をアップする活動です。

 開業医は本来であれば、自院での診療に最大限の努力を払うべきでしょうが、私はかかりつけにしてくださるお子さんの健康の保持増進だけではなく、地域全体、あるいは福島の子どもを元気にすることを目標としています。
今後も、子どもたちが『日本一元気』になるよう、教育・保育、行政、医療関係者、そして地域の保護者の方々と一緒に取り組み、理想的な子どもを育む社会(街作り)の創生を、この福島で実現したいと思います。

 2019年内に、新しい診療所を建設し、この地からさらに地域を活性化し、子どもたちが住みやすい、保護者が子育てしやすい環境創りを提唱していく所存ですので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

2019年3月11日
医療法人仁寿会菊池医院 院長
認定NPO法人 郡山ペップ子育てネットワーク 理事長
菊池信太郎